創業期に安く受けた仕事は、ずっと安いままです。 値決めは粗利率を決め、粗利率は損益分岐点を決め、損益分岐点は生き残れるかどうかを決めます。価格の決め方3つと、値上げのタイミング、値引き要求への答え方を整理しました。
こんにちは。つくば市の税理士法人FLOW会計事務所、代表税理士の佐藤です。
創業1年目のお客様から、2年目によく聞く言葉があります。
「最初に安く受けすぎました」
そして、その価格を上げられないまま3年目を迎えます。
この記事の結論
- 値決めは一度きりの判断ではなく、事業の構造そのもの
- 10%の値引きを数量で取り戻すには、粗利率30%なら50%の増加が必要
- 価格の決め方は3つ。原価積み上げ/競合基準/価値基準
- 創業期は原価積み上げで下限を知り、価値基準で上限を探る
- 一番安い価格で入ると、一番安いことしか期待されなくなる
- 値上げのタイミングは契約更新時。何もない時期の値上げは難しい
- 値引き要求には、価格ではなく範囲で応える
値引きの重さを、数字で確認してください
「少しくらい安くしても、数が出れば大丈夫」。これが一番危ない発想です。
10%値引きしたら、何個余計に売る必要があるか
粗利率ごとに計算します。同じ粗利額を維持するために必要な数量の増加率です。
| もとの粗利率 | 10%値引き後の粗利率 | 必要な数量の増加 |
|---|---|---|
| 20% | 10% | +100%(2倍) |
| 30% | 20% | +50% |
| 50% | 40% | +25% |
| 70% | 60% | +17% |
粗利率が低い事業ほど、値引きの傷が深くなります。
粗利率30%の卸売業が10%値引きしたら、売上を1.5倍にしないと元に戻りません。 「ちょっとだけ」のつもりが、事業計画を根本から変える判断になっています。
逆に、値上げの効果も同じだけ大きい
| もとの粗利率 | 10%値上げ後の粗利率 | 許容できる数量の減少 |
|---|---|---|
| 20% | 30% | ▲33% |
| 30% | 40% | ▲25% |
| 50% | 60% | ▲17% |
| 70% | 80% | ▲13% |
粗利率30%なら、客数が25%減っても粗利は変わりません。
「値上げしたら客が離れる」のは事実です。ただ、4分の1離れても同じという事実も知っておいてください。むしろ残った客への対応に時間を使えるようになります。
価格の決め方は3つ
① 原価積み上げ法(下限を知る)
価格 = 原価 + 必要な利益
記事06で創業計画書の作り方を書きましたが、自分の固定費と目標利益から逆算します。
例:コンサルティング業
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 必要な年間粗利(固定費+役員報酬+納税+返済) | 800万円 |
| 年間の稼働可能時間 | 1,920時間(8h × 20日 × 12か月) |
| 直接作業比率 | 60% |
| 請求可能時間 | 1,152時間 |
| 必要な時間単価 | 約6,950円 |
この6,950円が、生き残るための下限です。 これを下回る仕事を受けると、働くほど苦しくなります。
直接作業比率60%がポイントです。営業、見積、請求、経理、打ち合わせ。これらは請求できません。稼働時間の全部を売上にできる前提で計算すると、必ず足りなくなります。
② 競合基準法(相場を知る)
同業他社の価格を調べます。ただし、これは「参考」であって「基準」ではありません。
創業期に最も危険なのが、「相場より安く」で入ることです。
一番安い価格で入ると、一番安いことしか期待されません。 値上げしようとすると、「安いから頼んでいたのに」と言われます。そして、より安い業者が現れた瞬間に乗り換えられます。
③ 価値基準法(上限を探る)
顧客にとっての価値から考えます。
- その仕事で、顧客はいくら得をするのか
- 顧客が自分でやったら、何時間かかるのか
- 失敗したとき、顧客はいくら損をするのか
税務の例で言えば、記事06で挙げたカフェのケースがわかりやすいと思います。開業前に「稼働率75%が必要」と気づけば、メニューを変えられます。開業後に気づけば、打つ手はありません。この差は、顧問料の何倍にもなります。
自分の提供するものが、顧客にとっていくらの価値なのか。 ここを説明できる事業は、価格競争から抜けられます。
実務上の組み合わせ方
- ①で下限を出す(これ以下では受けない線)
- ②で相場を確認する(市場から外れすぎていないか)
- ③で上限を探る(どこまで説明できるか)
①と③の間に価格を置いてください。 ②に合わせにいかないことが重要です。
創業期にやりがちな失敗
1. 実績づくりのために安く受ける
気持ちは分かります。ただ、「安く受けた実績」は、安い仕事を呼ぶ実績です。
実績が必要なら、価格は下げずに範囲を絞るほうがいいです。「通常は3か月の支援ですが、今回は1か月分で」という形なら、単価は守れます。
2. 見積もり外の作業を無料でやる
「これくらいサービスで」が積み重なると、粗利率が落ちます。
記事28で請求の話を書きましたが、追加作業は請求するか、やらないかのどちらかです。無料でやると、それが標準になります。
3. 価格表を作っていない
毎回その場で見積もると、相手の反応を見て下げてしまいます。
価格表があると、交渉が「価格」ではなく「範囲」の話になります。 これが一番大きな違いです。
4. 値上げのタイミングを逃す
何もない時期に「値上げします」と言うのは難しいです。契約更新のタイミング、サービス内容を変えるタイミング、年度の変わり目に合わせてください。
5. 全員一律に値上げしようとする
全顧客に同時に値上げを通知すると、反発が集中します。
新規顧客から新価格にして、既存顧客は更新時に順次。時間差をつけると、摩擦が小さくなります。
値引きを求められたら
価格を下げるのではなく、範囲で応えてください。
| 要求 | よくない返し | おすすめの返し |
|---|---|---|
| 「もう少し安くならない?」 | 「じゃあ10%引きで」 | 「この範囲を外せば、この金額になります」 |
| 「他社はもっと安い」 | 「合わせます」 | 「含まれる内容が違うかもしれません。比べてみましょう」 |
| 「今回だけ特別に」 | 「今回だけですよ」 | 「次回以降も同じ条件になりますが、よろしいですか」 |
価格を下げると、提供するものは同じまま利益だけが減ります。 範囲を縮めれば、価格と内容が連動したままです。
そして、「今回だけ」は存在しません。 一度下げた価格が元に戻ることは、実務上ほぼありません。
値上げの進め方
準備するもの
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 新しい価格表 | 口頭ではなく書面で |
| 値上げの理由 | 原価上昇、サービス拡充、最低賃金の上昇など |
| 実施時期 | 3か月前には通知 |
| 経過措置 | 既存顧客は半年据え置き、など |
伝え方
謝らないでください。
「申し訳ありませんが値上げさせていただきます」と始めると、交渉の余地があるように聞こえます。
「◯月から価格を改定します。理由は◯◯です。」 事実として伝えるほうが、結果的に受け入れられます。
離れる顧客は出ます
それは正常です。
前述のとおり、粗利率30%なら客数が25%減っても粗利は同じです。そして離れるのは、たいてい最も手間がかかって最も利益の薄い顧客です。
よくあるご質問
Q. 創業時は実績がないので、安くするしかないのでは?
A. 安くする以外の方法があります。 保証を付ける、納期を早める、範囲を広げる、対応時間を長くする。価格以外で差をつけるほうが、後から回収できます。
Q. 相場が分かりません。
A. 同業のウェブサイト、業界団体の資料、取引先へのヒアリング。ただし相場は参考程度です。 自分の原価から出した下限のほうが重要です。
Q. 値上げして売上が落ちたらどうしますか?
A. 粗利で判断してください。 売上が落ちても粗利が維持できていれば成功です。記事27で書いた粗利率を毎月見ていれば、判断できます。
Q. 単価と客数、どちらを上げるべきですか?
A. 創業期は単価を優先してください。客数を増やすには固定費(人件費など)が必要になりますが、単価は今日から変えられます。
Q. 税理士の顧問料も交渉できますか?
A. できます。ただし「何に対していくら払っているか」が明確でないと、交渉になりません。 記帳代行まで含むのか、月次で面談するのか、決算だけなのか。内容を確認したうえで話してください。
値決めは経営です
最後に一つ。
創業期の経営者と話していて、価格の話だけは自信がなさそうに語られることが多いと感じます。技術の話、サービスの話は熱心なのに、価格になると「このくらいでしょうか」になる。
でも、価格はその事業が何であるかの宣言です。
安い価格は「安さが価値です」と言っていることになります。そして一度そう宣言すると、後から「実は品質で勝負しています」とは言えません。
値決めで決まるのは、粗利率だけではありません。 どんな顧客が来るか、何を期待されるか、何年続けられるか。事業の性格そのものが決まります。
FLOW会計事務所では、月次の数字を見ながら粗利率の変化を一緒に追います。 粗利率が落ちていれば、値引きが増えているか、原価が上がっているか。数字は先に教えてくれます。
FLOWのサポート
- 財務・経営支援 … 粗利率の管理、着地予測、価格設計の相談
- 決算書の見方 … 粗利率が示すもの
- 創業計画書の数字の作り方 … 単価と数量への分解
- 売掛金を取りこぼさない仕組み … 追加作業の請求について
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本記事は2026年10月時点の公表情報に基づいています。制度内容・期限は変更される可能性がありますので、最新の情報は各機関または当事務所までご確認ください。







